カテゴリー:人間関係・恋愛
視野が狭いと失敗する根本的原因

失敗する原因が視野の狭さを指摘する人は少なくない。やや抽象的で解りづらい視野の狭さですが現実的に起こりうる実例を元に理解していきましょう。

 

全て主観で物事を判断してしまう

 

主観とは自分の認識のみの判断基準ですが、自分を客観視出来ずに自分が感じる部分だけを信じるタイプです。こういったタイプは短気である場合が多く、人間関係において亀裂を生みやすい。

 

主観が強すぎる人は自己中心的で自分の都合が悪いことはすべて受け入れることが出来ない場合が多いです。相手が自分にとって都合の悪い事を言ったりやったりすると激怒するなど許容範囲が狭い特徴があります。


物事に対する反応がダイレクトなので非常に自己中心的に周囲から見られてしまいます。我欲の塊に見えてしまう人もいます。というのも自分にとって都合が良いか悪いか?ということが関心事なので都合が悪ければ即怒りをあらわにしたり、不機嫌になったりするからです。

 

現時点の状況でしか物事を見れない

 

 

長い目で見れば良いことも、短期的に見れば良くないこともあります。広い視野で見れれば大した事でなくても狭い視野だと大騒ぎになってしまうわけです。物事に集中しているときは良いですが、一旦別の角度からみたり遠目で見ることによって別世界になる事はよくある話です。

 

視野の狭さは犯罪にも結び付きやすい

 

視野が狭いという事は見えている世界が狭いので、人間関係でも執着しがちな面が多々あります。ある人間関係にのめり込むと外側にまったく意識がいかなかったり、思い込みの激しさから誤った選択をし勝ちです。

 

後になってからなんであのような選択をしたのか後悔するような事を自らしてしまうのも別の見方が出来ないのが原因です。

 

終わってしまった過去を悔やむ傾向がある

 

 

過去を悔やむよりも次に進んだ方が有益である場合が多いです。なぜなら、過ぎ去った事はどんなに悔やんでも戻っては来ませんし、それはどんなに優秀な才能を持った人でも過去を戻す事は出来ません。

 

こういった思考や物の見方はネガティブに偏るので、過ぎ去った結果をいつまでもこだわり執着します。たらればで、仮にうまくいっていれば素晴らしい人生を歩んでいたはずだと美化します。美化するからこそ悔やむのです。

 

1つの失敗をいつまでも悔やむのは過去に幻想を抱きすぎて、

 

過去の失敗ばかり執着し、目の前のチャンスにさえ気付きません。

 

「チャンスはそこらじゅうに転がっている」

 

という言葉さえ気休めにしか感じられません。

 

執着心がいずれ嫉妬心に変わる視野の狭い人

 

 

戻れない過去が最高であり、過去を取り戻す事が素晴らしいと本人が勝手に思っているだけで、はたからみれば過去に向かって歩いている人という違和感があります。未来の可能性には何の魅力も感じなくなっていることに気付けません。過去の失敗に執着するのはそういうことなのです。

 

取り戻せない過去を悔やむからそこから先に気持ちが向かない。そのため先に進むことすら出来ません。過去にとらわれるということは戻って書き換えられない事に無意味に力を注いでいる状態です。

 

どんなに悔やんでも結果として動かせない事に気持ちを持っていっても何も変わらないばかりかどんどんネガティブになっていきます。果たせなかった事がより素晴らしい唯一無二の事のように思えるのです。後悔→回想→美化の無限ループにハマってしまいます。

 

このようになると未来にワクワクしたり、現実に起こっていることに好奇心を持つことが出来ません。いわば、未来を見据えて現実を生きるというより過去に生きる人となってしまいます。

 

このように過去に気持ちを置き去りにしていくと前向きに慣れず過去ばかり振り返るようになります。

 

過去の失敗を教訓に前向きに努力するというならば人生は良くなりますが、ただ、過去を後悔するだけの人生は時間を無駄にしているようなものです。

 

恋愛関係でのトラブルは視野の狭さによるもの

 

 

恋愛では多くある現象です。フラれた相手にいつまでも幻想を抱いてる人がいます。「忘れられない人」として心に刻み込むのは悪い事ではありませんが、次の恋愛に進めなくなる場合があります。頭では切り換えなくてはならない事は分かっていますが、フラれた人に気持ちを引っ張られ、いつまでも想っている人がいます。

 

相手はあなたに何の未練もないからフッたのです。自分と同じように想っていると思うのは幻想です。カップルに温度差があるのが普通です。あなたに魅力を感じないからフレるのです。

 

もしかしたら、相手にとってあなたに耐えられない嫌な部分が見えたのかもしれませんし、他の魅力的な人に好意を寄せたのかもしれません。どちらにしろあなたを捨てた事にかわりありません。恋愛とは形はどうあれそういうものです。どちらかが好きでなくなったらその恋愛は終わりを告げます。

 

一途な思いを寄せるのは悪いイメージどころか良いイメージがあったりしますが、視野を広げてみれば別れた相手に未練タラタラなのは相手がまだ自分に気があると思い込んでる場合が少なくありません。

 

相手にとって見れば別れた相手にいつまでも想われているのは迷惑でしかないでしょう。相手がなぜ別れたのか?なぜフッたのか考えれば自分が至らない部分があったと考えるのが普通ですが、相手の側に立てない事も視野が狭い人の特徴でもあります。

 

総評

広い視野を持つということは、相手にも自分にも客観的に見ることができ、思考を張り巡らせる事もできます。

 

視野が狭いと気付けないものが視野が広い人には見えたり考えたり出きるものです。広い視野で世の中を見れば見える世界がまったく違います。

集団で行動すると自分の考え方を持たなくなる

集団の心理というものがあります。人は群れていると自分の意見というものがなくなります。

「そんなことはない」

と思いますが、無意識のうちに自分の思考を停止してしまう理由があるようです。

 

集団生活に慣れると思考停止状態になる

 

 

人は群れている時どういう心理状態になるのでしょうか?何か守られているような感覚を覚えますし、一人の時には感じなかった力強さがあるでしょう。

 

しかし、いつも群れて行動するとマイナス面があります。


 

集団になれば考え方や意思決定は自分自身でなく影響力のある人物に合わせようとする力が働きます。個人が自由に考えて行動していては集団はまとまりません。

 

各一人一人が考えているように思い込んでいるだけで中心的人物の影響力を受けながら自由に動いています。それが集団の心理です。

 

仲間に嫌われてしまうのを恐れてしまう心理が無意識に働きます。また、仲良くしようとする意識もあり思いやりからですが、力の強い人やリーダー格の人に融合する事になるでしょう。それが集団が継続すると知っているからです。

 

集団のマイナス面が強くなると一人では絶対にしない行動をする

 

 

集団的な犯罪など一人ではやらないような事も集団になるとやってしまう事があります。集団の中にいると何かに守られているような感覚になったり強くなったような心理が働き暴走する傾向にあります。

 

一人の時には善悪の判断や行動に対する責任を感じますが、これが集団になると薄れる傾向にあります。一人では責任取れないが集団になると責任が分散されて急に気が大きくなる人がいます。

 

集団には集団特有の空気感があります。特に何か言わなくても従わなくてはならない雰囲気だったり、意見を言いづらい雰囲気であったりします。これは何も言っていないわけですから集団に入った人が勝手に感じ取ってしまうあの空気の事を差します。

 

今、社会問題になっているいじめなども集団の持つ空気が作用されている場合が少なくありません。

 

不思議なものですがこの集団内の空気は強力です。この空気を個人で反発するには相当な力と勇気が必要になります。

 

この空気感はリーダー格や影響力の強い人物が無意識に発しているものですが、その思考が一人一人に伝染しているからです。言い方を変えれば念のようなものが伝染していると考えられます。

 

リーダー格の人間以外の人は思考停止になる

 

 

一人一人の個人が、集団として成り立つには考え方や方向性を決断したりまとめたりするリーダーという存在が必要になります。

 

戦国時代から現在まで成果をあげるには強力なリーダーがいます。基本的に人は考え方も違えば育った環境も異なるでしょう。その個性ある各個人が集団として機能するときにはリーダーや影響力の思考に従う必要があります。

 

そうでなければ一人一人テンデンバラバラの行動をしますのでまとまりません。

 

この集団の空気感に乗っかれば心理的には楽です。それぞれ空気に乗っかっていますので空気さえ読めば自分で考える必要がなくなります。

 

自分で全て考え行動するのを面倒くさいと思う人やさみしがり屋の人は群れることを好むでしょう。

 

この思考停止が染み付くと一人では何も出来ない人間になる可能性が出てきます。また、このタイプは付き合う人間によって人生の方向性が変わるので注意が必要です。

 

このタイプは他人に影響されやすく、集団のタイプによってカメレオンのように変化しますので、数年後には別人のようになってしまう可能性があります。良い方向に向かえば才能を開花しますが、転落も早い傾向にあります。

 

非常に怖い集団心理

 

 

ある偏った思考を持った影響力のある人物が現れると集団は歪んでいきます。特にある時は恐怖を与え、またある時はアメを与えるような心得を持った人物がリーダーになった場合、あっという間に狂気の集団に変貌します。平成を震撼させた宗教団体が起こした凶悪事件なども集団心理が最悪の形で出た典型でしょう。

 

人は群れているとグループの常識で生きている

集団特有の色に染まってしまい、世の中の常識からかけ離れグループの常識で生きてしまいます。グループ内みんながやっているから正しい事に思えてしまいます。

 

グループでいると影響力のある人の性格に染まっていく

人は群れていると集団のリーダーや発言力のある人間に染まっていく傾向にあります。それは徐々になので気付かないうちに染まっていきます。考え方や立ち振舞い、性格まで影響を受けます。

 

影響力のあるリーダーが陰険ならグループ全体が性悪に

これは群れているグループによって色合いが面白いほど変化します。明るい人がリーダーならグループも明るくなりますし、性格が悪い人がリーダーになればグループの一人一人の性格も悪くなる傾向があります。

 

上が替われば業績も変わる

 

 

先生が替わると生徒のやる気も変わった経験がないでしょうか?なぜか、あの先生が担任になってから成績が上がった、逆に下がったなど自分よりも立場が上の人の影響力は強いです。

 

社会に出てからも上司が替わったら前向きに仕事をする人が増えて業績が上がった。逆にやる気がなくなったなど、リーダーの影響力は強いです。

 

最高権力者である社長にしてもそうです。あの社長になってから士気が上がって傾きかけた会社が生き返ったりしますし、リーダーは命運をわける存在といっても過言ではありません。

 

だからこそ不振が続けば社長は交代しますし、プロ野球の世界であっても監督で成績も変わるものです。

 

もちろん、采配や能力によるものもありますが、それよりも全体の力を発揮させる影響力の方が大きかったりします。

 

 

悪い人と友達になると親が「うちの子も悪くなるのではないか…」と心配します。親は子供よりは人生経験が長く今まで生きてきた中での経験から付き合う事で少なからず影響される事を知っているからです。

 

人は「類は友を呼ぶ」と言われる通り似たようなタイプと仲良くなりやすいものです。付き合ううちに雰囲気まで似てくるから不思議なものです。少なからず人は他人に影響を受ける生き物といえましょう。

負けず嫌いの嫌われものになる特徴5選

あなたは負けず嫌いでしょうか?それともそんな事もないでしょうか?

 

この負けず嫌いの人は一長一短な面があり、短所の部分が目立つと無駄に周囲との軋轢を生む困った人になりかねないです。負けず嫌いにも種類があり周囲と上手くやるタイプと無駄に争いの種を撒くタイプの2種類います。

 

周囲と上手くやるタイプは闘争心をうまくコントロールして、闘争心を出すべき場所で発揮します。自分の得意分野にだけ負けず嫌いな面があるのかもしれません。全般的にこういう人は出世するタイプで成功者に多いです。

問題なのは何でもかんでも勝とうとして会話が成り立たない人がいます。こういう人は基本的に上から目線でマウンティング体質の人が多いです。

 

人の話を受け入れる=負けと決めつけている人。このような極端な人は稀かもしれませんが、周囲と無駄な争いをするタイプがいます。特徴を見ていきましょう。

 

自分が間違っていることを認められない

 

とにかく相手が自分に意見することに屈辱的な意味に捉えて、拒絶し受け入れることができません。そういった意味で非常に頑なな部分があります。

 

人に指示される事を極端に嫌う
人に指示されるという事を負けと感じており、そのやり方は間違っている、他の人もあいつのやり方は間違っているといったようなことを言って自分の非を認めず、言われた相手の揚げ足を取るような事を言います。
自分が指示する側になるのを好む
自分が指示されるのは嫌いだが指示するのは好むタイプもいます。常に指示する側に立ちたがるので実力が伴わなければ煙たい奴と思われてしまいます。相手が持ってる知識や技量を披露すると対抗意識を燃やす

とにかく人の自慢話が嫌いで、いちいち鼻についてしまうようです。「軽く受け流す」ということが出来ずに対抗意識を燃やします。

 

相手が誰であろうが勝つためには全力投球する
例え、年下や子供であっても勝負となると手加減なしでやり込んでしまいます。中途半端は許さない所は一貫していますが、別の見方からすれば大人げないと評される事もあるでしょう。

 

負けず嫌いを自分でコントロール出来れば成功する

 

 

言ってみれば負けず嫌いを自分でコントロール出来るようになれば仕事などでは成果を残しやすいでしょう。なぜなら、必要なときに闘争心を発揮出来る人がどの世界でも成功者になるからです。

 

しかし、コントロール出来ずに人の揚げ足を取ったり、マウンティングばかりしていては敵も多く成功も小さくなってしまいます。

 

負けず嫌いの人はリーダーの資質がある

 

 

人と競い合うことでモチベーションが上がり成果を出すことが出来る負けず嫌いの人は、結果さえ残せばリーダーに推されることも多いでしょう。モチベーションが低い人よりも高い人の方がみんなの士気も上がりチーム全体の底上げになるでしょう。

 

ただし、他の人がリーダーに推薦されてへそを曲げるようですと、まだまだ、リーダーの器ではありません。

 

人の上に立つことはそう簡単な事ではない

リーダーというのは、人の話を聞きながら様々な調整を行い、試行錯誤の上に全体の成果を上げなくてはなりません。

 

認められなかったからといって揚げ足を取ったり、影で悪口を言ってる場合「だから、認められないんだよ」と周囲に思われても仕方ありません。意外と普段の言動がこの人の評価に繋がっていることは多いです。見ている人は見ています。侮ってはいけません。

 

負けず嫌いの人が成功出来るか否かは人間的に成長出来るかに掛かっている

現実から目をそらさずにもっと大局からモノを見る目を養い鍛練を積めば、些細な勝ち負けにはこだわらなくなります。もっと大きな勝ち負けにこだわった方が自己成長に繋がります。

 

人の話を聞くのは屈辱ではありません

 

数人で話をしていた場合、人が話しているのを遮って俺が俺がと話出す人も負けず嫌いです。話の主導権を常に握ってないと気が済まないのです。しかし、このような人が勘違いしている事が2つあります。

 

人の話を遮ることは失礼なこと。こんなことが続けば嫌われてしまうでしょう。意外と人の話の中に自分にも有益な情報が転がってる場合も少なくありません。人の話を最後まで聞かないとその人が話す内容は理解出来ません。

また、話を聞いていればその人の考え方にも触れられ、その人となりも理解できるようになります。

その中で自分の考え方を見直すきっかけを見出だす事もあります。

 

人の話を聞く事や指摘される事は屈辱ではありません

負けず嫌いの人の中でも低レベルの人が勘違いしている部分ですが、多くの場合、間違っているから指摘を受けるのであって、間違っていなければ言ってこないでしょう。そもそも人の話を聞けない負けず嫌いは組織に馴染まないばかりか誰からも相手にされなくなる可能性があります。

 

負けず嫌いは組織では成功か失敗かの2つに別れる

 

 

負けず嫌いの人が人間的に成長し出世コースを歩む一方で、横道に逸れる形で追い出されてしまうタイプの真っ二つに分かれます。

 

というのも、負けず嫌いの人は周囲に対する攻撃性が強いので煙たがられる存在である場合が多く、出世から外れた場合、普段偉そうにしてる分、同僚や部下からの風当たりが強くなるか傾向にあります。このような状況では本人のプライドが保てなくなるでしょう。

ここで改心して自己成長に力を注げば道は開かれますが、多くの場合、ドロップアウトしていく事でしょう。

 

中庸を許さない性格が自分にもブーメランで跳ね返ってくる形です。一見可愛そうにも見えるタイプですが、自分のプライドを保つ理由で上から目線で人を軽んじた結果です。味方をする人がいないのが何よりの証拠です。

 

全て自分が撒いた種ですので同情の余地はありません。

負けず嫌いの人は極端な結果になりやすいので、自分でコントロールするしか方法はありません。

 

本来負けず嫌いというのは長所とされることも多い性質です。特にビジネスやスポーツの世界では大きなモチベーションになりうるからです。「負けず嫌いという性質=嫌われたりトラブルメーカー」になるということでは決してありません。

 

しかし、自己成長に目を向けないで表面上の勝ちを拾ってマウントするなど小さなプライドを守ろうとする人が周囲に軋轢と無駄な争いを撒き散らす困ったちゃんになるのだと思います。この本来の負けず嫌いとはズレた思考の持ち主と自覚する場合は注意が必要です。

 

視野が狭いと本質を見抜けません。出来るだけ人の話はしっかりと聞き、良いと思ったら自分に取り入れたりといった心の余裕が必要です。ときには相手に主導権を譲ったり、花を持たせる事も必要です。もし現在人間関係がうまく行っていないとしたら、ほぼこの部分が欠けていることが原因でしょう。

 

あまりにもひどい場合、精神的疾患の可能性もあります。

 

総評

負けず嫌いにも色々なタイプがいて一口にまとめるのは難しい面もありますが、視野の広さと人の意見に耳を傾ける賢さを持っていれば、土壇場でとてつもないパワーと集中力を発揮するファイターとして、これからの時代も重宝されるに違いありません。

自分の話しかしない男の特徴と心理

会話をしていると、ほとんど自分の話しかしない人っていますよね。

会話と言っても9割以上自分の話なので聞いてる方は会話をしているというより、一方的に聞かされてるという感覚でしょう。

 

このような人は、ある一定の確率でいらっしゃいます。自分の事を喋りまくるという男性がどのような心理状態なのかを考えていきたいと思います。

 

会話をする場合、関係性も考慮する必要があるかもしれません。話をする人が先輩であったり上司であったりすれば会話の主導権が上役にあると思います。

 

しかし、聞いてもいないのに自分の事を延々に話されたら、この人何なんだろう?と思われても仕方ないです。

 

自分大好き人間である

 

誰しも自己愛という自分を愛する心を持っていますが、自分愛が強すぎて、相手の状況が考えられない人がいます。自己愛が肥大化してバランスを失っている状況が考えられますが、聞いてる方はいつ終わるか分からない話を延々に聞かされるわけで、気を使う人ならば疲れてしまうでしょう。

 

結構、この手の人の話は、どうでも良い事をダラダラ話すので、聞き手を飽きさせる事が多いです。万事そんな感じなので、ウザイと思われる事も多いでしょう。


 

 「話が長いよ」「それこの前聞いたよ」
「だから何なの?」

 

とツッコミをいれたくなりますが、、

自分でその事に気付く事はないです。

楽しい話なら聞けるのですが、自分に酔っているので話のつまらなさや相手の気持ちに気付けません。

 

 

自分の話しかしない男性がよくやる失敗

 

・自信があるので人の話を聞けない
・人によっては傲慢に受け取られる
・人間関係に亀裂が入りやすい

 

この人の良いところはどこでしょうか?

・自分から話しかける
・自分に自信がある

 

欠点を考えないで、良いところを探せばこの2つの長所があります。この部分だけピックアップした場合、自分から話しかける積極性は見習いたいですし、自分に自信がないよりも断然あった方が良いです、この長所を活かしきれてないところが非常に勿体ないですし、残念です。

 

ギブアンドテイクの精神を身に付ければまともな男性に変貌する可能性はありますが、このままでは長所すら短所になってしまっています。

 

自分に自信がある
自分に自信がありすぎて人の話を聞かない、話し合いが出来ない
自分から話しかける
あまりの自分語りに話しかけられた方は良い迷惑。もらい事故。

 

このようにかなりウザい短所になってしまいます!

自分の話しかしない男性を治すにはどうすれば良いのか?

本当の自信を付けるしかないです。なぜなら、自信があるならこんな自信語りに延々に付き合わせるような事をしないからです。何かをごまかすように自分語りをしなければならないように見えます。

 

自分の話しかしない人を周りはどのように感じるか?

 

 

・自己中心的
・子供っぽい
・会話が出来ない
・絡みづらい
・ウザい
・面倒くさい
・空気が読めない
・ナルシスト
・迷惑

 

自分の話しかしない人は本当に自信があるのか?

 

誰しもその人の内面までは見えません。必要以上の自信アピールは内面に不安や葛藤、トラウマを抱えている場合があります。

そういった自分の傷口を攻撃されないように、無意識の領域で防衛本能が働いてる可能性もあります。

 

実は自信がないから、周りの状況や反応が把握出来ないのです。

自信があるように見えて、間違った方向で自分を解釈している事があります。

問題なのは自分の話しかしないのは、

 

人の話を聞く余裕がない

 

人の話を聞く事が何か、勝負事に負けたような間違った認識がある。その感覚が様々な人間関係に亀裂を生むという事になります。

この人は表面に出てくる自分語りをやめさせるのではなく、自分の内側に抱える葛藤を解決する必要があります。

 

なぜ、自分語りが止まらないのか?

 

 

このような、一見自信満々に見える人ほど自信がないのは、自信があるように見せているだけで内面はトラウマに似た不安を潜在的に抱え込んでいる場合があります。

内面の葛藤や不安を解決しない限り治らない訳ですが、実際には本人がこの事を自覚していない場合がほとんどです。

 

自身の内面に目を向けることで本当の自分に気付き、やがて表面化している
「自分語り」をすることはなくなります。

 

内面の葛藤に気付き、向き合う事で「自分語り」をする必要がなくなるからです。そうでなくても自分がやっていることにズレを感じるようになるでしょう。

 

心理的には性格として出てくるものは内面がそのまま出てくる場合とそれを傾斜した形で表面化する事があるので難しいところです。

 

このように完全に周りが見えなくなっている「自信」は本当の自信ではなく、屈折した形で表面化されている場合が多い。

 

「自信の話しかしない」のは

そうしなければならない内面の葛藤があると理解した方が良いです。そこに目を向けない限り治らない場合が多いでしょう。

 

でないと、自分のくだらない話を延々聞かされて、なんとなく迷惑そうにしているのを感じるでしょうし、内面に問題を抱えているから気付けないのです。

 

内面の葛藤を解決していないので傷ついた内面を守るため、歪曲した自己愛が肥大化した形で表面化する。あまりにひどい症状の場合、精神疾患の疑いもあります。