- 投稿 2019/07/17 更新
- 生活

バブル景気の時にトレンディドラマが流行って、
そんなわけで、なぜバブル景気に突入し、

バブル景気にとって円高、円安は重要なワードになる
円高というのは円が高いので海外の物を安く仕入れる事が出来る、
戦後から急成長を遂げた日本ですが、その快進撃の核は「円安」であり、
しかし、

この頃は1ドル240円前後、今は110円前後であり、
日本車がハンマーで壊されたりしました
アメリカの貿易赤字のほとんどが日本であったと言われています。
海外の企業にとっては、
この時期のアメリカはなかなか厳しい状況で、
ただ、
この財政赤字の流れを変えようと国債を発行した
国債は国債を買った人から一時的にお金を借りる形になる。
国債が安くなって利回りが大きくなる。国内だけでなく、
結果、国債を買うためにドルが必要になるために、
バブル景気はこうして始まった

バブル景気の入り口となった、全ての始まりが1985年の「
プラザ合意というのは、アメリカ、イギリス、西ドイツ、
ドルの価格を下げようとしたのがプラザ合意ですが、
「アメリカと仲良くしたかった」
結果的にプラザ合意をしてしまったことで日本はバブルに入ってい く

合意後、
公定歩合の引き下げを行いました。6%から2.5%
公定歩合の引き下げによって、
公定歩合の引き下げが企業の設備投資に拍車が掛かります。
しかし、これが予想外の展開を見せるようになる
このような状態が続くと、
この時期に流行ったのが、土地を買って、
土地を売ることでどんどん利益が増えていくのですから当然といえ
この状態になると、土地の価格は高騰し、
バブル前とバブル期では東京平均地価が5年で3倍に跳ね上がり、NTT株が1ヶ月で2.
実際の価値と価格の乖離が大きくなり過ぎた

ここで政府は対策をしはじめます。
1990年に総量規制をします。
総量規制とは主に「
1991年には公定歩合を6%に引き上げた。
これによって「バブルが崩壊」してしまいます。
バブル景気によって高騰していた地価や株価の乖離分が暴落してし
世間の流れでは
「買った土地や株を早く手放さないと…」
このような流れになっていきました。しかし、
「売れない…」
これらの人達に融資をしていた銀行も、
浮かれ気分から奈落の底に突き落とされた感覚でしょうか…。
しかし、バブル景気からバブル崩壊までたった4年間ですが、
全てはプラザ合意から始まったと言う事です。
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